甲斐源氏の解説 |
■甲斐源氏とは? 清和天皇の流れを汲む源氏、源頼信が甲斐守に命ぜられたのが源氏と甲斐とのかかわりの始まりである。房総で起きた平忠常の乱を平定したことで有名である。 源義光は平安時代中期の武将。頼義の三男。知謀に富み射術をよくし,笙(しょう)に長じた。1087年(寛治1年8月)いわゆる<後三年の役>における兄義家の苦戦を聞き、朝廷の官職を辞してはせ参じた話は有名である。 なお義光は音律を好み、笙の師豊原 時忠より名器交丸を授けられたが、陸奥におもむくにさいし、名器の失われるのを配慮して、逢坂(おうさか)の関 で時忠に返還したとか、同じく陸奥に下るとき足柄山で笙の秘曲を時忠の甥時秋に授けたなどの伝説がある。(広辞苑 世界百科事典 平凡社) ■甲斐源氏から武田氏へ 甲斐源氏武田氏の祖は武田の姓を始めて冠した武田信義。義光は信義の曽祖父にあたる。韮崎市神山町武田集落に館跡がある。信義は源頼朝の要請に応じて平氏討伐に駿河で活躍し軍功をあげた。後に駿河守護に任じられた。 カッコ内は兄弟名。 清和天皇—貞純親王—源経基—満仲—頼信:河内源氏(頼親:大和源氏、頼光:摂津源氏)—頼義—新羅三郎義光(義綱、義家)─義清(義業:佐竹氏、盛義:平賀氏)─清光(逸見氏)─信義(武田氏)─信光(忠頼・有義)─信政(信長:一条氏)─信時(政綱)─時綱─信宗─信武─信成(氏信・信明・義武:穴山氏)─信春(武続)─信満(満春・信元)─信重(信長・信景:今井氏祖)─信守(信介)─信昌─信縄(信恵)─
信虎 ─ 晴信 [信玄の幼名]─ 勝頼 ─信勝
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